2011年11月01日

3人の職人と墨俣城

cologne_cathedral.jpgたぶんいろいろな研修や講演でで話が出るのでご存知の方も多いと思いますが

旅人がある町を歩いていると、レンガを積んでいる職人が3人いるのを見かけた。
旅人は最初の職人に「何をしているのか」と尋ねた。
最初の職人は、「見ればわかるだろう。レンガを積んでいるんだよ」と答えた。
二人目の職人は、「食うために働いているのさ」と答えた。
三人目の職人は、「後世に残る町の町の大聖堂を造っているんだ!」と答えた。


で、この話から、大体の場合は

 目的(ビジョン)を持つことが大事です

という風に話を持って行かれるのですが、知ってます?

つまりは、

仕事というのは、大きな目的をもって、一歩ずつ着実にやっていかなければならない。そのために、単に今の仕事を作業としてとらえていては、その作業に不都合が生じても(たとえばレンガが1mmほどずれて隙間が空いていても)、そこで流してしまう。
これが大きなビジョンを持っていれば、町の大聖堂というのは、人々の心のよりどころなのだから、隙間風が入るような大聖堂ではだめだ、と気が付くわけです。
そして、単に言われたことをやるだけだったり、お金のためだけだったりするような仕事ではモチベーションも上がらないし、品質を良くしようとしたり改善しようとしたりする意欲も上がってこない。
自分のやる仕事をもっとしっかりその目的を見つめて仕事をしましょう。

と、まぁだいたいこんなふうに結びが来るわけです。

もう一つ別の解釈を聞いたことがあります。
いわく、
人は自分の仕事を小さく定義しすぎている。もっと大きな定義をすれば、もっと大きな視野で仕事を定義すると、大きな視野で全体像を眺めることができ、その仕事を成功に導くレバレッジポイント(てこの支点)が発見できるようになり、自分の仕事を大きな成功に導くことができる
というものです。

さらに、これには後日談バージョンがあって

 旅人が3年後にまた再びその町を訪れた。
 大聖堂は立派に完成していた。
 あの時の一人目の職人を探すと、別の家のレンガを積んでいた。
 二人目の職人は、家を作るための木を切り出していた。
 三人目の職人は、町に上水道を作るための設計チームを率いていた


というものです。
まぁ、それなりに味わってください(笑)。個人的な感想ですが、

 時と場合によるんじゃぁない?

と感じました。もちろん、講習中にそんな反論はしませんが。


shiro005_sunomata_02.jpgちょっと自分が思い出したお話があります。
秀吉の墨俣一夜城というのをご存知でしょうか?

織田信長が美濃を攻める際に、要衝の墨俣を抑えて美濃に攻め込みたいが、ここに陣を築こうとすると、美濃から大群が攻め寄せてきては、乱戦となり、ついに追い返されてしまう。そこで、柴田勝家らに命じて城を築こうとするのですが、完成する前に破壊されてしまって、一向にらちが明かない。最後に羽柴秀吉にそれを命じたところ、なんと一晩で城を作ってしまい、美濃勢はこれに攻め込めずに、信長は美濃への橋頭堡を築くというお話です。

秀吉は何をやったのか?

まず蜂須賀子六という地元の侍を引き込んで、地侍を味方につけます。それから、地元の農民に触れて回ります。「城を作るための石、柱を持ち込んだものには、その大きさ、重さに応じた褒章を出す」と宣伝させたのです。
その結果、お金がほしい農民がこぞって城づくり必要な資材を持ち込んで、地侍が、その資材の配置を適切に制御して、あっというまに城が出来あがった、ということです。

もちろん、秀吉の優秀な采配もあったのでしょうが、

 どこにビジョンがある?

農民にとってはそこに城ができるということは、戦争するうえでの拠点ができるということで、自分たちの村が攻められる対象になりかねません。そんなものに協力する気になるか?

地侍や農民は、一人目と二人目のレンガ職人程度の意識だったのに、ちゃんと秀吉は目的を達成したじゃない。

 やっぱり世の中、ゼニやで、ゼニ!
 夢じゃあ、腹はふくれまへんでぇ〜   (なぜか関西弁調)
 

かもしれないと思う今日この頃。


posted by 管理人 at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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