ただ、やっぱり中途採用となると、ある程度の実力を要求しますので、なかなかOK=採用にはならないのが実情。
部門としては一人でも部下が多く欲しいのですが(それだけ職域が広がりますので)、実力のない人に来てもらってもお互いに不幸に成るだけです。
「今の部下と比べれば実力は高いな」と感じても、こちらが期待する実力に達していないと、「ちょっとマネージメントの負荷に耐えられないな…」と感じて不採用にすることも多いです。
※「マネージメントの負荷」というのは、本心をまるく表現した言葉ですな…
私が面接をするときは、ソフトウエア技術者が多いのですが、専門知識はまあそこそこあるものの思考方法に難がある人は、ほぼ確実に落とします。
どうやって思考方法をはかるかというと、
・ちょっとしたいじわるクイズを出してみる
・応募者の自慢する能力を具体化させてみる
・「×××とは」という言葉の定義をさせてみる
・問題と課題、その対策を聞いてみる
・課題に対するリスクとリスクの管理方法を聞いてみる
こんなことを質問します。
■私はコミュニケーション能力を身につけました
意外と最近の技術者(応募者)は海外経験もあって、これを自分の強みのひとつとして訴えてくる方が多いです。もちろんウチの会社が、国内よりも海外の社員の方が多いことをしらべて、そこをアピールしようとしているのかもしれませんが、私から見ると、逆効果の人がすくなくない。
こんな面接のやりとりが代表例
応募者(以下、応):私は現職で年に数回以上海外での業務経験がありまして、海外スタッフとのコミュニケーションの力がついたと思います。
私:ほう。例えばどんな?
応:海外のスタッフと直接話ができるように英語と中国語を学び、直接指示をしたり、課題を吸い上げたりしていました。
私:どんな課題がありました?
応:彼らは業務をする上で日本からの指示がぎりぎりになってからしか情報が来ない。来ても日本語のため通訳を介さないと意味がわからないという問題がありました。
私:それであなたはどうしました?
応:スタッフには、活動の背景などをしっかり話して、理解してもらえるようにしました。
私:なるほど。そういうのは大事ですね。その人達は理解してもらえたのでしょうか。
応:はい。
私:どう理解してもらえました?
応:?????
私:ちょっと質問が抽象的でしたかね?
彼らが「理解できた」ということをどのように判断しましたか?
応:彼らから「わかった」と言ってもらいました
典型的な書き方をしているので、もう意味はわかったと重いますが、コミュニケーションの意味を完全に取り違えてますよね。これで「コミュニケーション能力がある」といえるあたりがちょっとNGです。
現地スタッフの言語で話ができることがコミュニケーション能力だったら、通訳を介さないといけない人はコミュニケーション能力ゼロです。仕事になりません。
そんなわけないでしょう。
だったら同じ言語を使う日本人同士で、コミュニケーションの問題が起きるわけがないじゃないですか。
■はやりのキーワードは注意して使う
「×××能力を身につけました」というのは別に自己評価なので問題はありませんが、聞く人にとって、それはより高い意味を含んでいるかもしれません。
上記の例で言えば、「コミュニケーション」は「言葉をやりとりすること」程度で定義しているからレベルの低い表現しかでてこない。
もしあなたが「私には×××能力があります」と言う時には、一段高い視点を持っている人が、その「×××能力」というのをどのように定義しているかについて、よくよく考えてから言ったほうがいいです。
あなたよりもはるかに深く考えてますよ。
だからあなたより高い地位や給料をもらっているのです。
まぁ、そうでない人もいるには居ますが…。
管理人様のようにきちんと考えている人というのは私の知る限りでは少数派ではないかと思います。
もちろん少数派だからこそ大切にされるのかもしれませんが。
どうしたらこのようなことを聞かれたときに、「スパッ!」と答えられるようになるのでしょうか。
管理人様がどのような勉強をされたのか教えていただければありがたいです。
よろしくお願いします。
コメントありがとうございます。
これが PETbottoleさんにも当てはまるのかどうかわかりませんが、以前の記事
5項日誌(2)〜サラリーマンの仕事のヒント
http://sarahin.seesaa.net/article/296164272.html
で書いたような、「豆論文/お題」というのをほぼ毎日日誌に書き出してます。
それほど長い文章ではないので、書くのは10分くらいなのですが、これが勉強になったのではないかと考えてます。
たとえば、「仕事とは?」というテーマで400字程度でなにか書いてみる、ということです。
そうすると、過去の自分の日誌と比べても徐々にですが、見方が変わってきていることに気が付きます。年次レビューをした時くらいですが。こうして同じテーマを定点観測してみると、その時時で何を記にしていたかによっていろいろな視点があり、大勢と議論しているの同じような新たな気付きができます。
そういったことを繰り返してきた、というのが一番なのではないかと、ちょっと振り返ってみたりしました。
ただ、自分一人では考えられることはしれていますので、その点は、読書や同僚とちょっと思いついた時に議論をふっかけたりすることでレベルアップをはかってます。
ただ、私が性格的に理屈っぽい、ということも少なからずあるかもしれませんが。
ご参考になれば幸いです。
これからもよろしくお願いします。